サヨナライツカ

ちょっと本編とは関係ないところから入る。
豊崎由美辻仁成を蛇蝎の如く嫌っている。あちこちの書評でこき下ろしているのを読んだ。豊崎由美は信頼できる文芸評論家だと思うが、辻仁成に関してはどうにも駄目である。彼女の辻仁成評は「こいつはナルシストだ」の一辺倒で、それだけを繰り返している感じだ。言葉は変えてもなぜかそこから先には踏み込まない。
村上春樹と読者のメール交換を収録した村上朝日堂(閉鎖前に私は全部読んだ)でこんなことが書かれていた。

ある講師なんですけど、普段は冷静で理性的なんですけど、村上さんの小説について論じるときだけ感情をあらわにして許せないとか登場人物がなっていないとか語り出したんです。それまではいいなと思っていたのに、村上春樹だけ感情的になっているのが残念に思いました。

正確な文章ではないがこんな感じだ。
豊崎由美辻仁成について語るときにも同じものを感じる。ほかの作家をバサバサ切る態度と、辻仁成を切る態度が違うのである。多分、生理的に駄目なんだろう。それを無理に普遍的に騙ろうとせず、ナルシストだナルシストだの連呼で終わらせるところは立派だと思う。
ナルシストといっても彼の文章は独り善がりではないし、ある種の計算さえ見えてくるので、そこにこだわっても「だから悪い」という結論には至らないと思うのだ。
ここまでが今まで思っていたこと。で、こっからは非常に野暮な話。サヨナライツカを読むと、辻仁成の小説に豊崎由美という女性は全然相手にされていないような印象を受ける。ちょうど私が少女漫画を読んで、イケメンばかりの中であれこれ悩んでいるヒロインと、ちょっと出てくる三枚目が漫画の中で単なる道化にしかなっていないのを見たときと同じ感じを、この評論家は辻仁成の小説から受けてしまったのではないだろうか? まあ、これはひどく馬鹿にした推測なので、これ以上は書かない。そんな気がしたってだけだ。
サヨナライツカは帯に書かれたそのままの話だと思う。四ヶ月を濃密に過ごした男女が、25年以上にわたってその後を苦悩し続けるという話だ。
言葉にすると単純だが、読んでいて(作者がかなり女遊びをしていたということも知っているせいもあってか)、実体験か妄想か願望がこの中に込められているんじゃないかと感じられるのである。ただの未練物語ではなくて、なんらかの内面が感じられるのである。読んでいてそこが生々しさになる。物語もいいけど、そこがなんかいいのだ。

サヨナライツカ (幻冬舎文庫)

サヨナライツカ (幻冬舎文庫)